先週の土曜のこと。
毎年新春恒例の七福神巡りに行ってきました。
寳田恵比寿神社(恵比寿神)➔椙森神社(恵比寿神)➔笠間稲荷社(寿老神)➔末廣神社(毘沙門天)➔松島神社➔水天宮(弁財天)➔茶ノ木神社(布袋尊)➔小網神社(福禄寿・弁財天)
最初の寳田恵比寿神社が解釈によって、入ったり入らなかったりしていますが、とりあえず巡ってきました。
今回は、東京駅スタートです。
寳田恵比寿神社
宝田神社は、1606年(慶長11)、江戸場外宝田村の鎮守様でした。
徳川家康が江戸城拡張により、宝田、祝田、千代田の3ヶ村の転居を命ぜられましたので、馬込勘解由が宝田村の鎮守様を奉安申し上げ住民を引率してこの地に集団移転しました。
馬込勘解由は、家康が入府の時に、三河から隋行して、この大業により徳川家繁栄御祈念の恵比寿様を授け賜ったので平穏守護の御神体として宝田神社に御安置して、今日に至りました。
作者は、鎌倉時代の名匠運慶の作と伝えられています。
その後、村民の生活は、金銀為替、駅伝、水陸運輸とぞれぞれ重要な役を賜り馬込勘解由は名主となって三伝馬取締役に出世し、御役名にちなんで大伝馬町の町名を賜りました。
宝田恵比寿神は、商売繁盛、家族繁栄の守護神として崇敬者は広く関東家一円に及び毎年10月19日の「べったら市」、20日の恵比寿神祭が盛大に行われています。
社の傍でべったら漬けが売っていました。
椙森神社
平安時代に平将門の乱を平定するために、藤原秀郷が戦勝祈願したところと言われています。
室町中期には江戸城の太田道灌が雨乞いのために山城国伏見稲荷の五社の神を勧請して厚く信仰いています。
江戸時代には、江戸城下の三森(烏森神社、柳森神社、椙森神社)の一つに数えられています。また、富興行も行われていました。
この辺りから、徐々に人が多くなっていきます。
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