tokyo.sora(β版)

ちょっとだけ、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

高輪架道橋

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【港区高輪2-19】
設計:不明
竣工年:大正時代
Photo:2017年6月(1枚目のみ)・2018年10月
低すぎる「提灯殺しのガード」見納め・・・東京・高輪、高さ制限1・5メートル産経新聞より2019.2.22付)

タクシー運転手から「提灯(ちょうちん)殺し」と呼ばれ、車道の高さが極端に低い東京都港区高輪の線路下のガード「高輪橋架道橋」が姿を消すことになった。道路の制限高は1・5メートルで、屋根に掲げられたタクシーの表示灯「提灯」が天井にあたり、壊れたことからこの異名が付いた。JR山手線新駅開設に伴う一帯の再開発によって、年内には通行止めになる可能性が高いという。
都営地下鉄泉岳寺駅に近い高輪橋架道橋は、JRの東海道新幹線や山手線などの線路区域の下を通る、港区高輪地区と港南地区を結ぶ長さ約230メートルの道路。付近にはこの線路区域を横切る道路が少ないことから、頻繁に一般車両やタクシーが通る。一般車両がぎりぎり通行できる高さで、歩行者も電車の轟音(ごうおん)を頭上で受けながら、身をかがめて通行する。
タクシーの表示灯が天井に当たりそうなことから、付いた異名は「提灯殺し」。昔より表示灯が小さくなったため、現在はほとんどのタクシーが通行可能。しかし、一部の会社は車高の高いタクシーを有しており、そうした車両には通行不可を知らせるステッカーが貼られている。あるタクシー会社は、「都内で通れないタクシーがあるのは、この道路ぐらいです」と話す。
 港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課によると、同架道橋の実際の高さは、1・66メートルから1・95メートル。歴史は古く、明治5年に新橋-横浜間に鉄道が初めて開通した際に水路としてできた。その後、埋め立てなどが進み、大正時代には人が通れる道路になった。
天井の高さが低い構造になったことについて、同課の担当者は「当時の日本人の平均身長に合わせたため」と説明。男性の平均身長160センチ台前半だった大正時代は難なく通ることができた。しかし、20歳の平均で170センチを超える現代では、首を曲げて身をかがめないと通れないことから、「首曲りトンネル」と呼ばれることもある。
 付近住民には珍スポットとしても長年親しまれてきた。一帯は、来年の開業を目指す山手線の新駅「高輪ゲートウェイ」に伴って再開発が進む地域。再開発は5年後に完成する予定で、同架道橋も、現在の高さよりも高くなって、再整備される予定だという。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


先月、いよいよ「提灯殺し」呼ばれた高輪架道橋のリニューアルがアナウンスされました。
高輪架道橋は、5.573メートルの長さで、高輪から芝浦に抜ける道として、使われています。

 

f:id:hiro-jp:20190323142405j:plain基本的になぜ、高さ1.5メートルの高輪架道橋が使われるのかというと、芝浦から高輪に抜けるためには、架道橋の他に2つのルートがあります。
一つは、北ルートの札の辻が行く道。
もう一つは、南ルートの八ツ山橋から行く道。
高輪架道橋は、この二つのルートの中間地点にあるためよく利用されます。

 

f:id:hiro-jp:20190223150409j:plain高輪歩道橋を上から見ると、こんな感じ。
矢印がそれぞれの入り口で、赤い線が架道橋のある道を示してみました。緩いカーブがあるので、おそらくこんな感じだと思います。

 

f:id:hiro-jp:20190223153108j:plain高輪架道橋高輪側入り口

 

f:id:hiro-jp:20190223153640j:plainすぐ上には、山手線の線路が間近に見えます。

 

f:id:hiro-jp:20190223152144j:plain架道橋の中は、こんな感じです。
実は、高輪方面はまだ、高いほうで、芝浦方面に進むと低くなります。

 

f:id:hiro-jp:20190223151949j:plainここが、架道橋の高さが低くなる境目。
ここから、先は首を曲げて下を向いないと通れません。

 

f:id:hiro-jp:20190223151645j:plainそうとう、ギリギリの高さです。

 

f:id:hiro-jp:20190223151315j:plain芝浦方面の出口です。

 

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ホイチョイの映画「メッセンジャー」では、鍵を握るシーンで出て来ます。

 

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今の架道橋と、若干様子が違います。
高輪から芝浦に抜けたシーンです。
いろいろと調べていたら、『メッセンジャー』のHPがまだ残っていました。

 

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20年前に作られたHPが残っているのがすごいです。
さて、いつまで架道橋がこの風景であるのかは、アナウンスはないですが、年内いっぱいでなくなるのは確実です。
なお、架道橋はリニューアルされる予定だそうです。

 

 

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今日のスイーツ(3 /17)

ヴォアラ@千歳船橋
世田谷区内に3店舗あるヴォアラ。
以前、たまたま見つけ て、いつか入ってみようと思ったお店。

 

f:id:hiro-jp:20190317143704j:plain左、ドゥルセ(¥480)
右、モンブラン(¥430)
ドゥルセは、外はホワイトチョコをキャラメルに焦がしたブロンドチョコをムース。
中は、紅茶のムースです。
ムースなんだけど、食感が微妙に違っておいしく頂きました。
定番ものあるし、ちょっと変わったものもあるし焼き菓子も豊富にあるので、色々と迷います。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ヴォアラ https://www.patisserie-saint-honre.com/contents/category/voila
世田谷区桜3−27−4
TEL 03−3706−6662
Open 9:00~20:00
Close  なし

 

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開幕戦オーストラリアGP

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1.V.ボッタス(メルセデス
2.L.ハミルトン(メルセデス
3.M.フェルスタッペン(レッドブル
4.S.ベッテルフェラーリ
5.C.ルクレールフェラーリ
6.K.マグヌッセン(ハース)
7.N.ヒュルケンべルグ((ルノー
8.K.ライコネンアルファロメオ
9.L.ストロール(レーシングポイント)
10.D.クビアト(トロロッソ


ボッタスが2番手スタートもスタートでポールのハミルトンをかわし、勝ちました。
そして、 ホンダが2015年の復帰以来の初の表彰台。
2008年のイギリスGPのバリチェロ以来です。
フェラーリは、ちょっと元気がなかったので巻き返してほしいです。
次戦は、3月31日バーレーンGPです。

 

 

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『IMPOSSIBLE-ARCHITECTURE』@埼玉県立近代美術館

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土曜のこと。
埼玉県立近代美術館で開催中の『インポッシブルアーキテクチャもう一つの建築史』に行ってきました。
「インポッシブル・アーキテクチャ」とは、
未来にむけて夢想した建築、技術的には可能であったにもかかわらず社会的な条件や制度によって、実現しなかった建築、実現よりも既存の制度に対して批評精神を打ち出す点に主眼を置いた提案などを言っています。
これらの実現しなかった建築物を図面、模型、関連資料などを通して見ていこうというものです。


なかなか、見応えのある展示内容でしたがやはりというかアバンギャルドな建築物が多く、でも建築家の執念というものが垣間見えたような気がしました。
一番の盛り上がりは、今最も旬なインポッシブル・アーキテクチャとも言えるザハ・ハディドの新国立競技場。
あの場所に建つのは、あまり好きではなかったけど、もっと違う場所だったらよかったかなあと思います。
見えたような気がしました。
インポッシブル・アーキテクチャな考え方は、それだけでは終わらず後々の建築に少なからず影響を与えているので、これらを見るということはこれからの建築の流れを知るということでもあると思います。
ちなみに、埼玉県立近代美術館黒川紀章が初めて手がけた美術館建築なので、それもまた見所です。

 

 

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今日のGoogle(3/18)

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今日のGoogleロゴは、三宅精一(1926〜1982)を称えて。
三宅精一さんは、点字ブロック視覚障害者誘導用ブロック)を発明・考案した方です。
1967年3月18日、世界に初めて岡山県点字ブロックが敷設されました。
1926(昭和2)に岡山県倉敷市青果店の長男として生まれました。
17歳の時に父親が急逝してしまい、家計が苦しくなり、なんとかしょうと青果店を辞め、岡山市に移り、旅館を始めます。
その頃から、生活を楽にしょうと様々なものを発明していきます。
また、動物好きで生活に余裕が出てくるとセントバーナード犬を飼い始めます。
子犬を生まれたと噂を聞いて、障害者の支援を行なっていた岩橋英行さんが訪ねれきます。
岩橋さんは、元は健常者でしたが、病気により失明した方で、盲導犬、盲人の安全などを語りました。
そこで、三宅さんは目の不自由な人が交差点で危険な状況に陥る場面を目にし、なんとかできないだろうかと考えます。
そこで、試行錯誤を繰り返しながら1967年3月18日に岡山県点字ブロック230枚が敷設されました。
その後、普及する活動を行い敷設から6年後1973(昭和48)頃から世間に認められるようになりました。

 

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