tokyo.sora(Δ版)

久々に、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

荻外荘

荻外荘
【杉並区荻窪2−43−36】
設計:伊東忠太
竣工年:1927年(昭和2)
Photo:2024年12月


荻窪三庭園の一つである荻外荘公園にある荻外荘。
去年の12月9日に荻外荘の復元工事が終わったというので、早速行ってみました。
ちなみに、荻窪三庭園は今回紹介する、荻外荘公園、大田黒記念公園、角川公園のことを呼びます。
荻外荘は、元内閣総理大臣近衛文麿の邸宅ですが、当初は、1927年(昭和2)に大正天皇の侍医・入澤達吉の別邸(楓荻荘)として建てられました。
設計は、築地本願寺で知られる伊東忠太。作品は割と寺社が多く個人宅はあまり設計していないなので、現存しているのは、かなり貴重です。
伊東と入澤は、妻が姉妹なので、義兄弟という関係になります。
その後、入澤より譲り受けた近衛文麿が自害するまで住み続けた邸宅です。荻外荘は、元老の西園寺公望命名しました。
そして、1960年(昭和35)に居室の半分が豊島区内の宗教施設に譲渡され、2024年(令和6)に荻外荘修復の再移築移築されました。

荻外荘玄関。
元々は、こちらから入りますが、現在の玄関は別にありまります。
こちらが正式な玄関です。
この時は、立ち入り禁止なっていました。

 

玄関内部
なんとなく中華風の内装なっています。

 

玄関にから続く、応接室。
こちらも中華風です。
龍の天井画、床は龍の敷瓦が貼られています。

 

床の龍の敷瓦

 

西園寺直筆の扁額。

 

近衛家の家紋がついている扉。

 

客間
荻窪会談が行われたところです。

 

左から、近衛文麿外務大臣松岡洋右海軍大臣吉田善吾、陸銀大臣東條英機

 

壁紙が忠太らしくオリエンタルな感じの模様になっているのが特徴です。
この客間までが移築された部分です。

 

その移築された部分とされなかった境目。
綺麗な方が移築されなかった部分です。
ここからは、移築されなかった部分です。

 

食堂
こちらの壁紙も忠太らしくオリエンタルな壁紙になっています。

 

奥にみえる部屋は客間で、広縁と繋がっています。

 

 

 

書斎
1945年(昭和20)12月16日早朝、文麿が自決した部屋です。
その後も改変されることなく、自決時の姿を今にとどめています。

 

荻外荘展示棟
この時は、まだ工事中で(今年の7月16日オープン)このような感じになっています。設計は、隈研吾で早く行ってみたいです。


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荻窪三庭園

ogikubo3gardens.jp

 

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