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tokyo.sora(β版)

ちょっとだけ、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

冬の京都を行く━其之弐━

冬の京都を行く━其之壱━からの続き


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南禅寺を後にして、哲学の道を通って銀閣寺。
今月末には、賑わうであろう哲学の道もまだ、この時は閑散としていて、あちこちで工事していました。

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銀閣寺総門
慈照寺銀閣寺)
東山慈照寺と号する臨済宗相国寺派の寺で、八代将軍足利義政の隠居所「東山殿」を遺命によって寺としたものである。
東山殿は、1482年(文明14)から建設が始まり、東山文化の粋を尽くした数々の仏殿や庭園が造られた。しかし、1558年(永禄元)の兵火により観音堂と東求堂を残して焼失し、現在の寺観は、1615年(元和元)に整えられた。
銀閣寺は俗称であり、正式には東山慈照寺は義政公の法号慈照院にちなみ、後に命名された。

 

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総門から中門への参道。
生垣と銀閣寺垣と言われる竹垣です。
入ったら、すぐに銀閣が見えないというちょっと焦らす演出がにくいです。

 

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銀閣は、1489年(延徳元)建立の杮葺二階建てで、下層は心空殿と呼ばれる書院造の住居、上層は観音像を安置する潮音閣と呼ばれる禅宗様仏殿となっている。実際には、銀箔は貼られなかったが、北山の鹿苑寺金閣に対し、一般に銀閣と呼ばれている。金閣に比べて枯淡幽雅な特色見られ、東山文化を代表する名建築である。

 

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方丈
江戸中期に建立されたものです。

 

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方丈から見た銀閣
手前は、銀沙灘と向月台

 

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東求堂
1486年(文明18)建立の義政公の持仏堂。一層のい入母屋造り、檜皮葺きの現存する最古の書院作りです。南面に拭板敷、方二面の仏間が設けられ、北面には六畳と四畳半の二室がある。北面東側の四畳半は、同仁斎と呼ばれ、茶室の原型とも言われている。

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上段の庭から見た銀閣寺全景
寺院の伽藍がよくわかります。

 

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銀閣寺御朱印

冬の京都を行く━其之参━へ続く

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銀閣寺 http://www.shokoku-ji.jp/g_about.html

 

 

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