寝台列車で行く広島の旅。━其之九━からの続き
厳島神社
593年(推古天皇元)佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされる。
その後、1168年(仁安3)に平清盛が社殿を寝殿造とし、現在の規模に改築した。
1174年(承安4)に後白河法皇の御幸、1180年(治承4)に高倉上皇の御幸があるなど、多くの皇族、貴族が参詣され、京都の文化や建築様式がもたらされました。
鏡の池
清水が湧き出ており潮が引くと手鏡のように見えることからこう呼ばれる。
秋の月とともに詠まれた歌が多く伝わっている。
客神社
御本社と回廊で連接され檜皮吹の本殿と幣殿・拝殿・祓殿からなる。
御本社と高舞台
檜皮葺で正面には緑色の菱格子戸を建て込んだ本殿、これに続いて幣殿・拝殿・祓殿がある。
拝殿内を見上げると化粧屋根裏が二つ見え、最上部の真の棟と、この両脇の母屋が棟のように見えるところから、「三棟造」「三棟拝殿」とも呼ばれている。
高舞台は、黒漆塗の基壇に朱漆塗の高欄があり、前後には素木の階段がある。平清盛公は舞楽を当社に伝え、それが現在でもこの舞台で舞われている。
能舞台
厳島神社の能は、厳島合戦の後に毛利元就が京都から観世太夫を招いて神前に奉納したのが始まりで、現在の能舞台は1680年(延宝8)11月、浅野綱長によって再建されたものである。特色としては、笛柱が独立している。
反橋
天皇がご派遣になる勅使がご参拝の際に、お渡りになったと伝えられることから、別名、勅使橋とも言われる。
1557年(弘治3)毛利元就・隆元父子によって再建されたものである。
厳島神社遠景
その後、表参道商店街をぶらぶらと歩きました。
焼き牡蠣
揚げもみじ饅頭
あなご竹輪
どれも美味しく頂きました。
そして、次回は4日目。いよいよ最終日になります。
寝台列車で行く広島の旅。━其之拾壱━へ続く
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