tokyo.sora(β版)

ちょっとだけ、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

東京の坂

鹿島坂(かしまざか)

【府中市本町】 坂の名は、大国魂神社の例大祭に深い係わりのある人名に由来すると言われます。五月の例大祭に「国造代奉幣式」という古式があります。これは。国造代(奉幣使)が神馬に乗って坪の宮におも向き、神輿渡御の完了を告げたあと、鹿島坂を上り、…

庚申坂(こうしんざか)

【北区赤羽西】 はっきりとした由来は不明だが、一説によると坂上の字名が庚塚だったためと言われている。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

鳳生寺坂(ほうしょうじざか)

【北区赤羽西】 この坂は、鳳生寺門前から西へ登る坂で坂上の十字路まで続き、坂上の旧家の屋号から六右衛門坂とも呼ばれます。 坂上の十字路を右へ向かうと赤羽駅西口の弁天通り、左へ向かうと十条仲原を経て環七通りへと至ります。名称の由来となった鳳生…

明神坂(みょうじんざか)

【文京区湯島】 『新撰東京名所図会』には、「湯島坂は聖堂の背後。神田神社の前より湯島1丁目に下る坂をいふ。往昔より此名あり。」と記してある。また、『東京案内』には、「神田明神の前を東に下る坂は『湯島坂』なり。また『本郷坂』ともよぶ」ともある…

無縁坂(むえんざか)

【文京区湯島】 『御府内備考』に、 「称仰院前通りより本郷筋へ往来の坂にて、往古坂上に無縁寺有之候に付 右様相唱候旨申伝・・・。」とある。 坂の南側は、江戸時代徳川四天王の一人・康政を祖とする榊原式部大輔の中屋敷であった。坂を下ると不忍の池で…

富士見坂(ふじみざか)

【荒川区西日暮里】 坂下の北側の墓地は日蓮宗妙隆寺の跡。 妙隆寺が花見寺と呼ばれたことから、この坂も通称「花見坂」、または「妙隆寺坂」と称された。 都内各地に残る「富士見」を冠する地名のなかで、現在でも富士山を望むことができる坂である。 ★★★★★…

日吉坂(ひよしざか)

【港区白金】 能役者日吉喜兵衛が付近に住んだためと伝える。 他にひよせ・ひとみなどと書く説もある。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

念仏坂(ねんぶつざか)

【新宿区住吉町】 『新撰東京名所図会』では、昔この坂に老僧がいて昼夜念仏を唱えていたことにちなむという。また、この坂は左右を谷に臨み、屈曲しており危険だったので、仏名を念じて往来する人がいたことにちなむともいう。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★…

榎坂(えのきざか)

【渋谷区千駄ヶ谷】 瑞円寺の門前へ向かって登る細い坂道のことです。 かつて、榎の巨木があったことから、「榎坂」と名づけられたといわれており、現在は鳩森八幡へ向かう道の右手に商売繁盛・縁結び・金縁・子授かりや子供の病気、旱魃などの信仰を集める…

綱の手引坂(つなのてびきざか)

【港区三田】 平安時代の勇士源頼光の四天王の一人渡辺綱にまつわる名称である。 姥坂(うばざか)とも呼んだが、馬場坂の説もある。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 右手は綱坂になります。

胸突坂(むなつきざか)

【文京区関口】 目白通りから蕉雨園(もと田中光顕旧邸)と永青文庫(旧細川下屋敷跡)の間を神田川の駒塚橋に下る急な坂である。 坂下の西には水神社があるので、別名「水神坂』ともいわれる。東は関口芭蕉庵である。坂が険しく、自分の胸をつくようにしな…

与楽寺坂(よらくじざか)

【北区田端】 坂の名は、坂下にある与楽寺に由来しています。 『東京府村誌』に「与楽寺の北西にあり、南に下る、長さ二十五間広さ一間三尺」と記されています。また、この近くに鋳金家の香取秀真、漆芸家の堆朱楊成、画家の岩田専太郎などが住んでいました…

潮見坂(しおみざか)

【港区三田】 坂上から芝浦の海辺を見渡し、潮の干満を知ることができたため、この名が付けられた。

切通坂(きりとおしざか)

【文京区湯島】 『御府内備考』には「切通は天神社と根生院との間の坂なり、是後年往来を聞きし所なればいふなるべし。本郷三、四丁目の間より池の端、仲町へ達する便道なり、」とある。湯島の台地から、御徒町方面への交通の便を考え、新しく切り開いてでき…

観音坂(かんのんざか)

【渋谷区千駄ヶ谷】 坂名は、真言宗観谷山聖輪寺の本尊であった如意輪観音像に由来します。 観音は当寺の開山とされる行基の作と伝えられていましたが、残念ながら戦災によって焼失してしまいました。「江戸名所図会」によると、身の丈3尺5寸で、両眼は金…

新坂(しんざか)

【千代田区神田淡路町】 この坂を新坂といいます。 『東京名所図会』には ”新坂は維新の後、新たに開かれたる道路なり、昔は観音坂と紅梅坂の間、阿部主計頭の屋敷にして、此奥より駿河台に登る道路なかりし、崖の上には今も旧形を存ぜる彼の練塀の外囲あり…

八幡坂(はちまんざか)

【渋谷区千駄ヶ谷】 鳩森八幡神社の脇を通っていることから、八幡坂と名づけられた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ なだらかに見えるけど、意外と傾斜がある坂です。

観音坂(かんのんざか)

【千代田区神田淡路町】 この坂を観音坂といいます。 『東京名所図会』には、「新編江戸志に、観音坂は埃坂の並び、昔茅浦観音寺やしきありし故に名づくなりと見ゆ。此の坂の上観音院と称する仏刹ありしことは寛永の古図を見ても知らるべし、新編江戸志に観…

安全寺坂(あんぜんじざか)

【港区三田】 坂の西に江戸時代の初め、安全寺があった。 誤って、安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂などと書かれたこともある。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 坂名となった安全寺はすでになく、右側は長運寺がある。

地蔵坂(じぞうざか)

【荒川区西日暮里】 この坂は、JR西日暮里駅の西脇へ屈折して下る坂です。 坂名の由来は、諏訪神社の別当寺であった浄光寺に、江戸六地蔵の三番目として有名な地蔵尊が安置されていることにちなむという。

聖坂(ひじりざか)

【港区三田】 古代中世の通行路で商人を兼ねた高野山の僧(高野聖)が開き、その宿所もあったためという。 竹芝の坂と呼んだとする説もある。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 今週、ももんがが上ったとされる坂です。 坂の途中で、潮見坂と…

紅梅坂(こうばいざか)

【千代田区神田駿河台】 元々は、幽霊坂とつながっていて、幽霊坂と呼ばれていた。明治になって、坂が分断され、このあたりは紅梅町と呼ばれるようになったので紅梅坂の名が生まれた。 昔、近くの屋敷に紅梅の大樹があったからとも言われる。別名を光感寺坂…

日向坂(ひゅうがざか)

【港区三田】 江戸時代前期、南側に徳山藩毛利日向守の屋敷があった。 袖摺坂ともいった。由来は不明である。誤ってひなた坂とも呼んだ。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 坂上では、神明坂と交わっています。

幽霊坂(ゆうれいざか)

【北区田端】 幽霊が出そうなぐらい、寂しい坂だということから名づけられた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 幽霊坂続きですが、こちらは田端の幽霊坂です。 坂下には、与楽寺があり与楽寺坂と繋がっている。 今でも、このように雰囲気を…

幽霊坂(ゆうれいざか)

【千代田区神田淡路町】 この坂を幽霊坂といいます。 もとは紅梅坂と続いていましたが、大正13年(1924)の区画整理の際、本郷通りが出来たため2つに分かれた形となりました。 『東京名所図会』には、 ”紅梅坂は、往時樹木陰鬱にして、昼尚静寂たりし…

勢揃坂(せいぞろいざか)

【渋谷区神宮前】 ここのゆるい勾配の坂を勢揃坂といい、渋谷区内に残っている古道のひとつです。 後三年の役ー永保3(1803)年に八幡太郎義家が奥州征伐に向かうとき、ここで軍勢を揃えて出陣して行ったといわれ、この名が残されております。 このとき…

淡路坂(あわじざか)

【千代田区神田淡路町】 この坂を淡路坂といいます。 この坂には、相生坂、大坂、一口坂などの名称がつけられています。 この坂の上に太田姫稲荷、道を挟んで鈴木淡路守の屋敷があり、それにもとづき町名、坂名がついたといわれます。 一口坂については太田…

綱坂(つなざか)

【港区三田】 羅生門の鬼退治で臾名な平安時代の武士渡辺綱(わたなべのつな)が付近に生まれたという伝説から名付けられた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 右側は、三井倶楽部の塀です。 写真ではうまく伝わらないけど、実際に訪れてみ…

甲賀坂(こうがざか)

【千代田区神田駿河台】 この坂を甲賀坂といいます。 『東京名所図会』には、”南北甲賀町の間にあり、甲賀坂という。甲賀の名所の聞き得んとするところは往昔、甲賀組の者多く居住せいし故とも、また光感寺の旧地をも記されるが云々”と書かれています。 どち…

上の坂(うえのさか)

【北区田端】 坂名の由来は不詳です。 この坂上の西側に、芥川龍之介邸がありました。芥川龍之介は大正3年からこの地に住み、数々の作品を残しました。また、この近くに鋳金家の香取秀真、漆芸家の堆朱楊成、画家の岩田専太郎などが住んでいました。 ★★★★★★…