tokyo.sora(β版)

ちょっとだけ、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

東京の坂

宮前坂(みやまえざか)

【大田区東雪谷】雪谷八幡神社の前の坂であるため、宮前坂と呼ばれるようになったと言われています。なお、坂下の呑川にかかる橋も宮前橋と名付けられています。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

庚申坂(こうしんざか)

【北区赤羽西】 はっきりとした由来は不明だが、一説によると坂上の字名が庚塚だったためと言われている。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

鳳生寺坂(ほうしょうじざか)

【北区赤羽西】 この坂は、鳳生寺門前から西へ登る坂で坂上の十字路まで続き、坂上の旧家の屋号から六右衛門坂とも呼ばれます。 坂上の十字路を右へ向かうと赤羽駅西口の弁天通り、左へ向かうと十条仲原を経て環七通りへと至ります。名称の由来となった鳳生…

飛鳥大坂(あすかおおさか)

【北区王子】今はきわめて緩やかな勾配だが、『東京府村誌』には、「飛鳥山坂にあり、木村(滝野川村)飛鳥橋の方に下る。長さ一町十二間三尺、広さ三間、坂勢急なり」と記されているように都内でも有数の難所であり、荷車の後押して手間賃を稼ぐ人もいた。…

清水坂(しみずざか)

【北区中十条】十条の台地から稲付の低地に下る岩槻街道(旧日光御成道)の坂である。昔は険しく長い坂道だったので、十条の長坂などと呼ばれた。切り通しの崖からは絶えず清水が湧き出ていたので、清水坂の名が付けられた。現在は崖が削りとられて、その跡…

石神井坂(しゃくじいざか)

【北区中十条】この坂は、旧石神井坂で、新石神井坂は東十条の北口通路になります。昔は、台地から耕地へ下る農道として使われていたようです。よかったと思ったら、クリックお願いします。←人気ブログランキングへ(東京都)

法安寺坂(ほうあんじざか)

【北区赤羽西】赤羽西幼稚園・法安寺の西を経て第三岩渕小学校の北東角へ登る坂。坂名は、法安寺に因んでいる。昭和3年頃法安寺は法安堂といい、堂下には3つの泉があった。周辺には願行の太鼓が鳴り響き、西側の庚申坂より先へ草原が広がっていたという。…

野間坂(のまざか)

【北区赤羽西】この坂道の名前は、大正・昭和前期に活躍した出版事業家で、講談社の創立者でもある野間清治氏(1878〜1938)の旧別邸前の坂だったことから由来しています。現在、野間氏の旧別邸跡地は北区立稲付公園となっており、区民の憩いの場と…

新茶屋坂(しんちゃやざか)

【目黒区三田】 茶屋坂に対して、あたらしく開かれた坂であることから、新茶坂と名付けられた。 1928年(昭和3)当時は、隧道であったが、1974年(昭和49)に廃止された。その隧道上には、三田用水が延々300余年にわたって、流れ続いていた。 …

稲付城趾坂(いなつけじょうしざか)

【北区赤羽西】 稲付城は戦国時代に太田道灌が築城したと言われる砦跡です。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 結構な急坂で上ると4階分ぐらいの高さがあります。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

蛇坂(へびざか)

【北区赤羽西】 この坂は蛇のようにくねっているところから名が付いた。蛇坂とその西にある市場坂の谷を北谷といった。谷の奥にわき水があり、釣り堀があった。 夏の夕暮れどきこの谷をうめつくす程ヤンマが飛び交い、この坂でとんぼ採りをする子供達でにぎ…

水車の坂(すいしゃのさか)

【北区西ヶ丘】 現在は石坂となっていますが、昔はこの下に水車小屋があり、近くの農家が利用していました。水車に荷を運んできた馬が坂野途中から落ちて死んだこともあり、お稲荷さんと馬頭尊とが並んで立っていました。 現在は稲付川も暗渠となってしまい…

暗闇坂(くらやみざか)

【文京区白山】 江戸時代、坂の両側は森川家と酒井家の下屋敷で樹木が鬱蒼として茂って薄暗かったので、その名がついたと思われる。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

游鯉園の坂(ゆうりえんのざか)

【北区十条仲原】 十条仲原の台地から稲付川に下る坂です。大正時代から戦前まで坂下の川下にあった川魚料亭が游鯉園で、この坂の名前は、その料亭の名に因んで付けられた俗称です。明治の頃、坂下に水車小屋があり、旧稲付村の農家がよく利用していました。…

王子稲荷の坂(おうじいなりのさか)

【北区岸町】 この坂は、王子稲荷神社の南側に沿って東から西に登る坂で、神社名から名前がつけられています。 また江戸時代には、この坂を登ると日光御成道があり、それを北へ少し進むとさらに北西に続く道がありました。 よかったと思ったら、クリックお願…

三丁目坂(さんちょうめざか)

【文京区音羽】 旧音羽三丁目から、西の方目白台に上る坂ということで三丁目坂とよばれた。 坂下の高速道路5号線の下には、かつて弦巻川が流れていて、三丁目橋(雑三橋)がかかっていた。 音羽町は江戸時代の奥女中音羽の屋敷地で、『新撰東京名所図会』は…

真正寺坂(しんしょうじざか)

【北区赤羽西】 岩槻街道沿いの赤羽西派出所から西へ登る坂です。坂の北側に普門院末の真正寺がありましたが、拝辞となり坂名だけが残りました。 坂の登り口南側にある明和6年(1769)11月建立の庚申塔に「これよりいたばしみち」と刻まれていて、日…

三日月坂(みかづきざか)

【北区赤羽西】 道灌湯から東南に登り中坂へでる坂です。 道灌湯のあたりに、大正3年(1914)帝国火工品製造所が出来、この工場のためにできた坂といいます。工場へ往来する馬車などで賑わいましたが、大正4年5月に工場は爆発事故で焼失しました。そ…

大坂(おおさか)

【北区赤羽西】 この坂は、赤羽駅西口から赤羽台団地へ登る坂で、古くから往来の多い坂です。 昔は、赤羽から上の台(うえのだい)に登り、旧板橋街道に抜ける坂でした。大坂の名は、その昔「小坂」と呼ばれた清瀧不動の石段に帯するものとして付けられまし…

八幡坂(やわたざか)

【北区赤羽台】 坂名の由来は、坂の北側に八幡谷と言われたことに因む。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

なべころ坂(なべころざか)

【目黒区中目黒】 昔、鍋が転がるほどの急坂であったことから、その名がついた。また路面に赤土のかたまりがごろごろしていたのでという由来もある。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

見返り坂・見送り坂(みかえりざか・みおくりざか)

【文京区本郷】 昔、加賀屋敷(現東大構内)から小川が流れ、菊坂の谷に注いでいた。 罪を犯して江戸を追放された者が、この別れの橋で放たれ、南側の坂(本郷3丁目寄)で、親類縁者が涙で見送ったから見送り坂。追放された者が振り返りながら去ったから見…

うつり坂(うつりざか)

【北区赤羽台】 赤羽台東小学校の北にあるこの坂は、旧板橋街道の坂道の一つです。大正8年(1919)に旧陸軍被服本廠が赤羽に移転すると、被服本廠通用門への坂となり、関係者以外の通行は出来なくなってしましたが、戦後、被服本廠の跡地に赤羽台団地が…

馬喰坂(ばくろざか)

【目黒区目黒】 逆S字にカーブを描く目の前の坂が馬喰坂。その昔、坂はとても急で、切り通しの工事を行った。しかし、頂上部は、庚申道が交差して思い切った工事ができず、風雨にさらされると、大小の穴で路面がが凸凹していた。道路に穴があいた状態を昔の…

行人坂(ぎょうにんざか)

【目黒区下目黒】 由来は、寛永の頃、出羽の湯殿山の行人がこのあたりに大日如来堂を建立し修行を始めました。 しだいに多くの行人が集まり住むようになっあので、行人坂と呼ばれるようになったといわれてます。 よかったと思ったら、クリックお願いします。…

中坂(なかざか)

【文京区白山】 胸突坂と浄心寺坂の間にあるので、中坂と名付けられた。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

権之助坂(ごんのすけざか)

【目黒区下目黒】 元々は、新坂と呼ばれていたが、江戸中期、中目黒の田道に菅沼権之助という名主がいて、村人のために年貢米の取り立てをゆるめてもらおうと訴え出るが、その功が罪に問われて刑に処せられることになり、途中村を振り返った場所だったので、…

根津裏門坂(ねづうらもんざか)

【文京区根津】 根津神社の裏門前を根津谷から本郷通りに上る坂道である。 根津神社の現在の社殿は、宝永3年(1706)五代将軍綱吉によって、世継ぎの綱豊(六代家宣)の産土神として創建された。形式は権現造、規模も大きく華麗で、国の重要文化財であ…

謡坂(うたいざか)

【目黒区上目黒】 昭和の初め頃、この坂の近くに謡の好きな人が住んでいたので、謡坂と呼ぶようになったといわれる よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

中山坂(なかやまざか)

【渋谷区恵比寿南】 昔、坂脇に中山勘右衛門の屋敷があったところからその名が付いた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 坂上は、別所坂に通じています。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)