読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

tokyo.sora(β版)

ちょっとだけ、ブログ内の整理が進んだのでバージョンを上げます。日々のことを徒然と。映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク

南部坂(なんぶざか)

【港区赤坂】江戸時代初期に南部家中屋敷があったためといい「忠臣蔵」で有名である。のち険しいため難歩坂とも書いた。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★右側は、アメリカ大使館宿舎です。下に行くと、傾斜16%の急坂の部分もあります。港区には、南麻…

鐙坂(あぶみざか)

【大田区南馬込】大正末期から始まった耕地整理によって出来た坂道で、元は狭い農道であった。坂の名は、伝説によると、梶原景季の愛馬麿墨が鎧を谷に落としたところという。鎧谷の地名から名付けられたものという。 よかったと思ったら、クリックお願いしま…

丹後坂(たんござか)

【港区赤坂】元禄(1688〜)初年に開かれたと推定される坂。その当時、東北側に米倉丹後守(西尾丹後守ともいう)の邸があった。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

氷川坂(ひかわざか)

【文京区千石】氷川神社に接した坂ということでこの名が付けられた。氷川神社の現在の呼称は、簸川神社である。源義家が奥州平定の祈願をした社といわれ、小石川、巣鴨の総社として江戸名所の一つであった。坂下一帯は明治末頃まで「氷川たんぼ」といわれ、…

網干坂(あみほしざか)

【文京区白山】白山台地から千川の流れる谷に下る坂道である。小石川台地へ上る「湯立坂」に向かいあっている。むかし、坂下の谷は入り江で舟の出入りがあり、漁師がいて網を干したのであろう。明治の末頃までは千川沿いの一帯は「氷川たんぼ」といわれた水…

鳩林坂(きゅうりんさか)

【府中市八幡町】坂の名は、坂上にあるブリジストン創業者の石橋家が保有する別荘の鳩林荘から由来します。また、この坂は八幡道の一部でもあります。国府八幡宮のそばを通ることに由来します。江戸時代の古地図にもこの名が記されており、道筋は北東に向か…

坂探索後記〜新宿周辺〜

一昨日のこと。1年ぶりの坂探索をしました。ここ数年は、1年に1回の超どスローぺースの坂探索になっています。今回は、椎木坂、久左衛門坂、梯子坂、山吹坂、焼餅坂、宝竜寺坂、銀杏坂の計七坂。新宿周辺と言いつつも市ヶ谷の方まで行っています。新宿も…

普門寺坂(ふもんじざか)

【府中市八幡町】この坂名は、坂の西側にある真言宗普門寺の寺名に由来します。別名を「篠薬師の坂」 「古墳の坂」と言います。これは普門寺にまつられている薬師如来からついた名のようです。この薬師様は「目の薬師様」として有名で毎年9月12日の供養の…

二本木坂(にほんぎざか)

【大田区西馬込】この坂道は、馬込の八幡神社付近の南坂を通り、旧池上村根方方面に向かう古い道である。坂名は、旧馬込村の小字二本松に由来する。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

権現坂(ごんげんざか)

【大田区東雪谷】この付近に権現社があり、その地をもとは権現山があり、その地をもとは権現山と呼んでいました。坂道は、大正末期に行われた耕地整理によってできたものですが、地名に由来して名付けられたものです。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★この…

棒屋の坂(ぼうやのさか)

【府中市片町】坂名の由来は、坂を下りきった所の家が通称「棒屋」と呼ばれたためと言われます。この道は、徳川家康が江戸幕府を開いてから開設された甲州街道です。江戸幕府にとっては軍事的・経済的に重要な街道でしたが、府中にとっても一宿場として往古…

柳坂(やなぎざか)

【府中市清水が丘町】この坂は、古くは狭い農道でしたが、競馬場開設に伴い整備され、今のように広くなったものです。坂名は、植物の柳に由来するといわれています。すなわち、坂の途中から滝神社への分岐点に柳の大木があったことからとも、道路ぎわに柳が…

中坂(なかざか)

【府中市本宿町】この坂は、市内でもかなりの急勾配の切り通しの坂道です。坂名の由来は明らかでなありませんが、旧本宿内にある坂を多摩川に沿って上流から上・中・下と名付けた真中の坂道が、この中坂であるのかもしれません。ちなみに、旧本宿は西から上…

石古坂(いしこざか)

【品川区西五反田】 その昔、石ころが多かったので石古坂と呼ばれるようになったと言われれる。他に古地図に記された「石河坂」が転じた説などがある。都立林試の森公園正門前にある坂。ここは、品川区と目黒区の区境で左側が品川区、右が目黒区になります。…

円通寺坂(えんつうじざか)

【港区赤坂】1695年(元禄8)に付近から坂上南側に移転した寺院の名称をとった。それ以前に同名の別寺があったともいう。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

旧仙台坂(きゅうせんだいざか)

【品川区南品川】江戸時代に、この坂の中程から上にかけて仙台藩伊達陸奥守の下屋敷があったことから、東大井4丁目と南品川5丁目の間のこの坂は仙台坂と呼ばれていました。しかし、現在は青物横丁に抜ける坂道が拡幅され交通量が増加したために、その坂の…

おいと坂(おいとざか)

【大田区田園調布本町】『大森区史』は「下沼郡にある。伝えるところによれば、北条時頼が行脚して中原に来た。病を得て難治であった。井戸水があって使用したところに程なく全治した。その井戸は沼部に一つ中原に一つあった。後、中原の井戸を沼部に移し雌…

霊南坂(れいなんざか)

【港区虎ノ門】江戸時代のはじめ高輪の東禅寺が嶺南庵としてここにあり、開山嶺南和尚の名をとったが、いつか嶺が霊となった。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★アメリカ大使館があるため、常に警備の警察官がいるため、坂の撮影で最も緊張した場所です。 よかっ…

かむろ坂(かむろざか)

【品川区西五反田】 江戸時代の1679年(延宝7)、辻斬り強盗を重ねていた元鳥取藩士平井(白井)権八が鈴ヶ森刑場で処刑され、権八のなじみの遊女小紫はこれを悲しんで自殺した。このとき、帰りの遅い小紫を捜しにきたお付きの禿が帰り道でならずものに…

三折坂(みおりざか)

【目黒区下目黒】三つに折れ曲がった形状から三折坂と呼ばれるようになった。また、目黒不動の参拝者が、この坂を降りていくので、「御降坂」とよんだとも言われている。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

桜坂(さくらざか)

【大田区田園調布】この坂道は、旧中原街道の切通しで、昔は沼部大阪といい、勾配のきつい坂で、荷車の通行などは大変であったという。今ではゆるい傾斜地となっているが、坂の西側に旧中原街道のおもかげを残している。坂名は両側に植えられた桜に因む。★★★…

坂探索後記〜目黒不動周辺〜

昨日は、久々に坂探索をしました。と言っても、三折坂、石古坂、かむろ坂のわずか3坂。今回の目当ては、桜の咲いているかむろ坂なので、とりあえずこれで満足です。実は、先週も田園調布の坂を2坂、探索しているのでそちらも載せていきます。画像は目黒不…

仙台坂(せんだいざか)

【品川区南品川】仙台藩主伊達家の下屋敷や、仙台味噌の醸造所があったことから、仙台坂と呼ばれている。もとは、この坂の南方、海晏寺と泊船寺との間にある坂の名であったが、のちにこの坂の方が道幅が広がり、交通量が多くなったため、坂名が移転したもの…

相生坂(あいおいざか)

【大田区仲池上】新幹線を挟んで両側に、二つの坂が並んでいることから、この坂を相生坂という。昭和初期の耕地整理により出来た坂である。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★新幹線を見下ろすことができる少ないポイントの一つです。 よかったと思ったら…

鹿島坂(かしまざか)

【府中市本町】坂の名は、大国魂神社の例大祭に深い係わりのある人名に由来すると言われます。五月の例大祭に「国造代奉幣式」という古式があります。これは。国造代(奉幣使)が神馬に乗って坪の宮におも向き、神輿渡御の完了を告げたあと、鹿島坂を上り、…

高力坂(こうりきざか)

【新宿区市谷本町】 新撰東京名所図会によれば「市谷門より四谷門へ赴く、堀詰辺に坂あり、高力坂という。幕臣高力小次郎の邸あり、松ありしかば此名を得たり、高力松は枯れて、今、人見の合力坂を存せり。東京電車鉄道の外濠線往復す。」とある。すなわち、…

地獄坂(じごくざか)

【府中市宮町】この坂の由来は明らかではありませんが、昔、この坂道を繁茂した竹や草木がおおいかぶさり、また周囲の木立などがうっそうとして薄暗く、それはあたかも通行する人の心に地獄への道のようなイメージを与えていたことによるのかもしれません。…

弁天坂(べんてんざか)

【北区赤羽西】かつて坂下一帯に亀ヶ池があり、近くに亀ヶ池弁財天が祀られているので、その名が付いた。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

金比羅坂(こんぴらざか)

【府中市本町】この坂の名称は、妙行院の境外仏堂である金比羅堂に由来すると言われます。坂は明治末期ごろにハケ下からの往来のためにつくられたものだと言われています。坂名になっている金毘羅堂は、妙高院の鎮守堂です。仏堂は古くからまつられています…

天地の坂(てんちのさか)

【府中市八幡町】この坂は、昔、坂の下に「天地」の屋号の家の水車があったことに由来しているといわれます。このあたりは、ひところは湧水が多く、古地図などにもその名が記されています。そのため、ハケ下にはわさび田が広がり、その風景は一幅の絵画を見…

ゼームス坂(ぜーむすざか)

【品川区南品川】もとは浅間坂と呼ばれ、かなり急な坂でした。片側は切り落としになっていて、崖の向こうには品川の海が間近に迫って見えたそうです。明治時代、この坂の途中に英国人のJ・M・ゼームスが住んでいたことから、ゼームス坂と呼ばれるようにな…

右近坂(うこんざか)

【大田区南馬込】この坂の由来については、近くに「右近」という者、あるいは「おこん」という女性が住んでいたからとか、いろいろな仮説があり、明らかではない。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

木芽の坂(このめのざか)

【品川区東大井】この「木芽の坂」という名は、若葉の頃が美しかったためにつけられたといわれている。江戸時代には、この坂の北側に越前国鯖江藩間部家下屋敷があった。坂の南側は崖になっており、下には泉があったという。 よかったと思ったら、クリックお…

白鷺坂(しらさぎざか)

【文京区大塚】この辺り一帯は、かつて伊達宇和島藩主の下屋敷であった。近くの区立大塚小学校は、池を中心とした伊達屋敷の庭園部に相当すると伝えられる。明治時代を迎えて荒廃するが「古木老樹がうっそうとしげり白鷺の集巣地となって日夜その鳴き声に悩…

坂探索後記〜雪谷周辺〜

土曜のこと。今年初めての坂探索をしてきました。今回は大田区雪谷周辺の坂、宮前坂、雪見坂、権現坂、花抜坂、相生坂、八幡坂、六郎坂、二本木坂、馬込坂、南坂の計10坂。この辺りは、呑川に向かって坂があるのと、雪谷そして隣接する上池台と地名に谷と…

闇坂(くらやみざか)

【大田区山王】むかし、坂側に八景園という遊園地があり、その反対側に加納邸があって、この坂道は細く曲り、八景園の樹木が鬱蒼とおおいかかり、昼間でも暗かったために、この名がついたといわれている。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気…

八ツ山の坂(やつやまのさか)

【品川区北品川】このあたりは武蔵野台地の突端にあたる丘陵で、海岸に突き出た洲が八つあったところから八ツ山と呼ばれた。この地にある坂のために、いつしか八ツ山の坂という名がつけられた。この道は、もと三間道路と呼ばれ、道幅は三間で、あたりに人家…

王子大坂(おうじおおさか)

【北区王子本町】飛鳥山に沿って東におりた岩槻街道は、石神井川を渡って左に曲がり、現在の森下通りを抜け、三本杉橋の石の親柱から北西に台地を登る。この坂が王子大坂である。岩槻街道は江戸時代、徳川将軍の日光社参の道で日光御成街道と呼ばれた。登り…

十七が坂(じゅうしちがざか)

【目黒区中目黒】「十七」とは、若者をさし、元気な若者たちは回り道をせずに、この急坂を利用したことから名が付いた言う説や坂の途中にある板碑型庚申塔に十七人の名が刻まれていることに関連するという説など、由来についてはいくつかの説がある。 ★★★★★★…

臼田坂(うすだざか)

【大田区南馬込】坂付近に古くから臼田を姓とする人が、多く住んでいた関係から、この名が起こったといわれている。★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ちなみに、馬込の由来は、古代に馬牧があったこと、名馬が多く生まれたこと、狭い谷や道を越えること。…

転坂(ころびざか)

【港区赤坂】江戸時代から道が悪く通行する人たちがよく転んだために呼んだ。一時、盛徳寺横の元氷川坂もころび坂といった。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

庚申坂(こうしんざか)

【北区赤羽西】はっきりとした由来は不明だが、一説によると坂上の字名が庚塚だったためと言われている。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

坂探索後記〜千石周辺〜

昨日のこと。季節外れに暑いですが、猛烈な暑さからは解放されたので坂探索を再開しました。今回は、宮坂、砂利場坂、網干坂、白鷺坂、猫又坂、氷川坂の計6坂。この6坂に共通しているのは、千川に向かって下っているということで、割と見つけやすかったで…

御殿坂(ごてんざか)

【府中市本町】この坂は、府中街道の一部を成しています。坂の名は、徳川将軍家の「府中御殿」に由来しています。府中御殿は、徳川家康が1590年(天正18)8月1日に江戸入城ののち、鷹狩りや鮎漁などで府中へきた時に宿泊する所として、現在の本町1−…

牛鳴坂(うしなきざか)

【港区赤坂】赤坂から青山へ抜ける厚木通で路面が悪く車をひく牛が苦しんだために名付けられた。さいかち坂ともいう。 よかったと思ったら、クリックお願いします。 ←人気ブログランキングへ(東京都)

八景坂(はっけいざか)

【大田区山王】今でこそゆるやかな坂道であるが、昔は相当な急坂で、あたかも薬草などを刻む薬研の溝のようなところから、別名薬研坂と呼ばれた。この坂の上からは、かつて大森の海辺より遠く房総まで一望でき、この風景を愛した人たちにより「笠島夜雨、鮫…

ヘルマン坂(へるまんざか)

【品川区東大井】立会川の月見橋近くに位置し、東大井の閑静な住宅街を南北に走っている見晴らし通りにある坂です。戦前、ドイツ人のヘルマン・スプリット・ゲルベルト氏が、この坂の途中に居住していたことから、いつの間にかこう呼ばれるようになりました…

地蔵坂(じぞうざか)

【北区中十条】地蔵坂は、この坂の上の三叉路で合流し、ここを通って下る坂道です。現在の中十条2−11−1地先付近までが崖で、坂道は崖の手前の地蔵堂から続いていましたので地蔵堂と呼ばれていました。現在の地蔵堂は、東十条駅の開設にともなう跨線橋の…

鳳生寺坂(ほうしょうじざか)

【北区赤羽西】この坂は、鳳生寺門前から西へ登る坂で坂上の十字路まで続き、坂上の旧家の屋号から六右衛門坂とも呼ばれます。坂上の十字路を右へ向かうと赤羽駅西口の弁天通り、左へ向かうと十条仲原を経て環七通りへと至ります。名称の由来となった鳳生寺…

梅雨の鎌倉。━其之弐━

梅雨の鎌倉。━其之壱━からの続き 明月院方丈。 方丈前庭。枯山水の庭。こじまりとしていますが、なかなかいいです。 初めて紫陽花の季節にきたけど、なかなか見応えがあってとてもよかったです。 梅雨の鎌倉。━其之参━へ続く よかったと思ったら、クリックお…